今度の転勤先を下関
に近いところにしてください。
お願いします。
山口市大字○○××-××
中浜寛子
[山口市 多賀神社]
まあ、サラリーマンにとって転勤というものは辛いものである。
中浜さんは女性であるし、山口市と下関市となれば、同じ県内で通勤先が変わるだけ、ということかも知れないが、それでもやっぱり気になることである。
山口市と下関市なら、直線距離でも50キロ以上あるようだから、中浜さんの自宅がどこにあるにせよ、結構大きな問題である。
で、その気持ちは理解した上で、というか、気持ちを理解するからこそ言うのであるが、願文にあまりにも愛想がない。
訴えるものがない。
ストレート過ぎる。
これでは、まるで会社に出す申請書みたいなものである。
神様に頼み事をするのであるから、もう少し工夫があっても良いのではないか。
心中を吐露する、切々たる訴えまで期待はしないが、何かこう、もう少しお願いの仕方があろうと思うのである。
もっとも、こういうあっさり系の願かけ絵馬はそう珍しくなくて、たとえばこういうものもあった。
次男に
かわいいお嫁さん
お待ちして
おります。
京田辺市
山崎富美江
[赤穂市 大石神社]
達筆で、さらさらと書いてある。
まあ、町内旅行か何かで訪れたついでに、絵馬を奉納する気になり、じゃあ、なかなか縁談のまとまらない次男のことでも、というくらいのノリで書いたものであろうから、構わないのであるが。
しかし、相手は仮にも神様なのである。
「お待ちしております」って、これではまるで、料亭の女将かバーのマダムが、得意先企業の総務部長か何かに出した手紙ではないか。「お近いうちにまたお待ちしてますわ。」というお見送りの挨拶ではないか。
大石神社に祭られている赤穂義士の面々も、
「いや、拙者らの守備範囲はそういう方面ではござらぬによって…。」
と、さぞガックリ来ていることであろう。
まあ、妙に暗いよりはましか。